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小説・イジメ解決編


48。



 目が合ったとき、あたしは不思議な感覚に捕らわれました。こういう感覚には名前があったような気がします。そう、確か‥‥
 デジャヴと。
「はじめまして、車裂さん」
 あたしは努めて気さくに声をかけてみました。
 教室後方の個人ロッカーで佇んでいた彼女は驚くというよりは狼狽、というよりは怯えの表情を示しました。
「あの、そんなに警戒しないで。秋咲さん達じゃないんだから、ひどいことなんてしないよ」
 秋咲という名詞に肩をふるわせた彼女でしたが、一応あたしに対する警戒はゆるめてくれたようです。
「‥‥‥なにか、用?」
 彼女の声は消え入るようで、ともすれば老婆のようにも感じるものでした。
「こないだリサちゃんとハンナに、トイレで話しかけられなかった?あれと同じだよ」
 やはりピクリと肩をふるわせる車裂さん。これは癖なのでしょうか。
「あの子たちにはわからない」
 驚くほど明瞭に、車裂さんの整った口元は言葉を紡ぎました。
「あの子たちって、リサちゃんとハンナのこと?」
 控えめに“こくり”と頷く彼女。
「だってあの子たちは、失敗者だもん」
 ‥‥失敗?
「失敗って‥‥それじゃあ、車裂さんは成功者ってこと?」
 彼女は「まさか」と肩をすくめて、口元を緩めます。
「成功者なんて、世の中にはほとんどいないよ。人間はね、失敗者と、執敗者にわけられるんだよ」
 失敗者と、執敗者‥‥
「失敗は悪いことじゃないんだよ。むしろ良いことなの。敗けを失くすんだから。でもわたしは、敗けに固執するんだ。それをバネにするどころか、いつまでも後ろを向いて立ち止まってるの」
 彼女は続ける。前を向いていない目で。
「失敗は輝かしいことだよ。失敗は成功の母?そりゃそうだよ。だって敗けを削っていったら、最後には成功が残るよ。でもね、わたしみたいに澱んで立ち止まっている人の気持ちはわからないよ」
 どこか諦めた色の目で。
「だから、あの子たちとはお話にならないの」
 リサちゃんやハンナも、似たようなことを言われたのでしょうか。そりゃ話にならないはずです。思想が違いすぎます。キリスト教徒とヒンドゥー教徒が話しているような、そんな食い違い。
 でも、あたしは違います。話ができる。なぜなら、“あの子たち”の中にあたしは含まれてないんですから。
 チラリと後ろを振り返ります。そこには先ほどまであたしが話していた女子たちがこちらを伺っています。しかし彼女たちも、車裂さんの言うところの失敗者なのでしょう。そんな気がします。そしてその予想は当たっていることでしょう。
 しかし。
「でも、あたしは執敗者なんでしょ?」
「‥‥うん、そんな気がする」
「当たりだよ。いや、当たり前だよ。3回、人助けのために動いて、3回とも誰も救えてないんだから」
「‥‥‥。あなた、名前は?」
「高橋‥‥」
 あれ、女の子として生きてきたなら、名前も変わっているんでしょうか。女の子で明仁ってあり得ませんし‥‥でも“アキ”はついているようですが‥‥
「もしかして、“魔王”の高橋さん?」
「そう呼ばれてた時もあったね」
 女の子でも魔王かよ。
「じゃあ、“完璧主義”の銀字さんとか“ターミネーター”の四谷さんとかを止めたのはあなたじゃないの?たくさんの人の助けになったんじゃないの?」
 ということは、あたしは女の子でありながら剛と4時間殴り合ったのでしょうか。
「実際誰も救えちゃいないんだよ。はしゃいで、でしゃばって、首を突っ込んだ挙げ句に状況を悪化させて、解決もしていない曖昧なままで放置するんだ」
 深い瞳と目が合いました。この瞳が、あたしと似ているのだそうですが、よくわかりませんでした。
「そして今回、その敗けを生かすことなく、また首を突っ込んでるそういう人間なんだよ、あたしは」
 敗けが帳消しになるとは思わないけど、それでも人助けがしたいのです。いつか変われるような、そんな気がして。
「‥‥よくわからないです」
 車裂さんは消え入るような声で呟きました。
「分からなくっても生きていけるよ。一生勝てなくったって生きていけるよ。そして車裂さん、あたしはあなたのことが分かった気がするよ。執敗の先輩だからね」
 車裂さんは肩をピクリとふるわせました。
「要するに、“負い目”でしょ?過去の過ちに関して、あなたは負い目を感じてるんだ。だから自分を貶めて生きてる。自分は幸せになっちゃイケナイ、自分にはそんなものニアワナイ、ってね」
 そんなこと‥‥と反論しようとした車裂さんでしたが、続きの言葉は出てきませんでした。
 つまりは、そういうこと。
「似ているようで、似ていなかったね、あたし達」
 ツボミも、目を見る目がなかったということでしょうか。
「あなたは、車裂さん。あなたは、敗けを見つめ続けて下に向かったんだよね。立派だよ。そんなこと、普通はできない。イジメを甘んじて受け入れてるのも結局、償いなんだよね。でも、あたしは、敗けを見つめた上で、それにこだわってるくせに無視してるんだ。そして浅ましくも上に向かってる。似ているようで正反対。さながら鏡のようだけど、それはあなたに失礼すぎるかな」
 車裂さんはなにも言わず、ただ俯いていました。
「やっぱり、やめた」
 あたしは大仰に手を広げて、彼女に背を向けました。
「あなたに変わってもらおうと考えてたけど、それは傲岸不遜も甚だしかったようだね、反省反省!」
 そして彼女を振り返り、
「こんなに正反対なら、足して割れば失敗できるかもしれないじゃない」
 ピクリとふるえる肩を視界の端に捉えながら右手を差し出して、
「あたしといっしょに失敗してくれないかな?」
 これはいわゆるプロポーズ。ただし恋人同士の甘ったるいものなんかではなく、飛びっきりビターな“契約”。
 深淵の瞳を可愛らしくぱちくりさせながら、車裂さんは硬直していました。あたしの差し出した右手を、あらゆる感情が混じったような表情で見据えて、やがて‥‥
「ょ‥‥‥よろしく・・・おねがい、します‥‥」
 右手を差し出して、それに応えました。
 この握手は、実際以上の効果があるように思いました。だってそうでしょう。
 鏡に映った実像は、右手同士で触れ合わないのですから。
 やがて暗く沈んだ仮面がはがれた彼女は、整った顔をくしゃくしゃに歪めてあたしの薄い胸に顔をうずめました。どれだけ辛かったのか、どれだけ寂しかったのか、堤防が決壊したように次々と溢れ出す涙とともに吐き出して、大声で泣きわめきました。
 静かに近づいてきたみっちゃんとメグ姐が左右から優しく抱きしめて、壊れてしまいそうな彼女を包み込んでくれました。
 朱色の太陽がゆるやかに西の地平線に切り取られていくのを感じながら、あたし達はずっと抱き合って、その時間を大切に過ごしました。



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