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オリジナル短編小説

【僕とご主人様の関係】

最終日。




 司のことを、休日にはどこかに連れてってやってもいい・・・というようなことを僕が言ったことを、覚えている方はいらっしゃるでしょうか。僕は覚えていませんでした。しかし司は覚えていたようです。
「動物園? ・・・なんでまた」
「いいから連れて行くのだ! 異議は認めん!」
「・・・まぁ、別にいいけど」
 突然、何の脈絡もなく動物園に行きたいとはどういう了見なのでしょうか。正直僕は、あまり動物園が好きではありません。動物より人間の方が多いのが気に食わないのです。
 とはいえ、僕も昨日までと同じ目で司を見ているわけではありません。そういう段階は過ぎました。なので、少しくらい突拍子もないことを言い出しても受け入れる所存なのです。
「っていうか、口調戻したんだ」
「あれはエロいことするときだけだ」
「・・・」
 司が行きたいと言った動物園は有名なところで、僕でも場所は分かります。多分電車のアナウンスでも流れるくらい有名なところだったはずです。しかしそこそこ場所が遠いですから現在の所持金では到底足りません。それにかなりくしゃくしゃに乱れた制服で行くわけにもいきませんので、僕は一旦家に戻ることにしました。
 賢治さんは仕事に出ていて、母さんもパートで出ているとのことで、悟くんと百ちゃんしか家にはいないようでした。母さんがいたらいろいろ面倒なことになっていたでしょうから、これは僥倖と言えましょう。
 僕の部屋に向かう間に、リビングでくつろいでいた悟くんに呼び止められました。
「・・・お兄さん。昨日のメールは事実なんですか?」
「・・・・・・ええ。隠してもしょうがないことですしね」
「そう・・・ですか」
 メールというのは、昨晩に司が僕を監禁した際に母さんに打ったメールのことです。要約すると、「彼女が出来たので今日はその子のうちに泊まります」、という内容でした。その文面はいろいろと問題があるような気もしましたが、今では司を彼女とすることに抵抗はありませんのでとりあえず納得しています。
「百ちゃんは、部屋ですか?」
「ええ、まぁ。今は諸事情により布団に包まっているので、話しかけないで、そっとしてやってください」
「・・・? わかりました」
 なにかあったんでしょうか。
「・・・ところでお兄さん。その、後ろにいる女の子は、もしかして・・・」
 悟くんが遠慮がちに指で示したのは、リビングにいる悟くんを廊下から覗いていた司です。すると司はそんなに大きくもない胸を張って、堂々と名乗りを上げました。
「そう。私が叶くんの彼女の、四十九司だ。よろしく頼むぞ!」
「は、はぁ。よろしくおねがいします」
「恐らく歳は同じだろう。敬語はやめろ。叶くんのように敬語でしか話さないというポリシーでもあるのか?」
 まぁ、僕のも本当はポリシーとかではないのですがね。ただ、そういうポリシーだということにしておけば、もし昔の知り合いに会ったときに距離を示すのに便利だというだけで・・・。
 2人のやり取りをぼさっと見ていた僕を司は睨んで、
「ほら、さっさと着替えて来い!」
「わかったわかった」
 なんとなく悟くんと司を一緒の部屋に置いておくのはマズイ気がしますが・・・とにかく当初の目的を果たすことにしましょう。私服を部屋から持ってきて、洗面所で着替えます。ワイシャツを洗濯籠に入れて、下着も取り替えました。昨日風呂には入りましたが、さすがにノーパンというわけにも、ましてや司の下着を借りるわけにもいきませんので。そして貯金箱から諭吉さんを数人召集し、財布に入れて準備万端です。リビングに戻ろうとすると、すでに司は玄関で靴を履いていました。
「ほら、早く来い! おかあさんと鉢合わせすると少し面倒だからな」
「お義母さんって・・・気が早いなぁ」
 僕も靴を履いて玄関の扉に手をかけると、廊下に悟くんが出てきました。
「またお出かけですか」
「司の家はここから歩いても行ける距離ですから、今日も泊まるかもしれません。母さんによろしくお伝えください」
「はい。行ってらっしゃい」
「行ってきます」



 動物園までの道中、電車の中での会話です。
 当時の僕にそんなことが分かるはずもありませんが、この時、僕と司の胸の内の温度は途方もないほどに差があったことでしょう。しかしどうか僕を責めないでいただきたい。なにせ、何も知らなかったのです。
「で、なんで動物園なんだ?」
「・・・なんとなく、ではいけないのか?」
 唇を尖らせて、僕の質問に対して鬱陶しそうに目を細める司。
「だって、キャラじゃないよ。いきなり動物園だなんて」
「・・・。まぁ、理由はあるぞ。しかし私は動物園に行くキャラではないのか?」
「檻の前で、調理法とか吟味しそうな・・・痛っ! 叩くなって!」
「もういい! 口を開くな!」
 ちょっとした冗談のつもりだったのですが、怒らせてしまったようです。つんと顔を逸らしてしまう司でしたが、やがてぽつりと口を開きました。
「昔、動物園に行こうとしていたのだが、途中で事故に遭ってしまってな・・・だからそれっきりなのだ。中途半端は気に入らんので、リベンジというわけだ」
「そうなんだ。事故って交通事故? 車同士の?」
「ああ。私は辛うじて助かったものの、目が覚めたら私以外の他の3人はみんな・・・みんな失った。事故のショックで目覚めたチカラも、完全に死んだ人間を生き返らせることは出来なかったよ。死体があればどうにかなったのかもしれないけど・・・まぁおとうさん潰れてたしな」
「・・・。ごめん」
「叶くんが謝ることではなかろう。叶くんは、なにも悪くないのだから。・・・ちなみに、叶くんの家族はどうなのだ?」
「昔・・・僕が物心つく前に父さんと母さんが離婚したそうで、3ヶ月前までずっと2人きりだったよ。1人っ子だからね。それにアルバムがどこかに行っちゃったらしくて、父さんの顔も見たことがない。・・・でも最近急に、父親と弟と妹ができて、賑やかになった」
「・・・・・・。そうか。楽しいか?」
「やっぱり今まで赤の他人だった人だから、そりゃあいろいろあったけど・・・。でも最近百ちゃんとも打ち解けた(?)し、みんなよくしてくれる。家族にだけは、敬語を使わなくてもいいかもなって思い始めたんだよ」
「・・・そう、なのか」
「そう思わせてくれたのは、司なんだけどね」
「え・・・?」
「司のことを、僕はもう家族みたいに見てるのかな・・・なんて」
 僕はそっと手を伸ばして、隣に座る司の小さな手にそっと重ねました。一瞬司はびくりと反応しましたが、すぐに開いている方の手をさらに僕の手に重ねてきました。
 そして、とびっきりの微笑を僕に向けるのです。美術品のような微笑みを。
「・・・うれしい。でもね。私は一目見た瞬間から、叶くんのことを家族として見ていたよ」
 普段から人気の少ないこの電車は、もうすぐ昼前という時間のせいでさらにガラガラ。僕と司は触れるようなキスを交わして、イタズラっ子のように2人で静かに笑いあいました。



 恋人の意外な一面、などと言うと同性相手の悪癖を連想してしまうかもしれません。しかし甘酸っぱい時期の恋人にとって、初めてのこととは常に新しい発掘の場。存分に時間を共有して互いのまだ見ぬピースを集めていくもの・・・なのかな、と目の前の彼女を見て考えさせられることとなりました。良い意味で。
「うわ! うわ! うわーっ! すっごい! 見て見て叶くん! キリンだよ!? 生キリン! 首な~っがいね!!」
「そ、そうだね。なにかを待ちすぎたのかな」
「つまんないギャグ飛ばしてる場合じゃないよ叶くん叶くん! ほらほらそんなにゆっくり歩いてたら日が暮れちゃうよ! ねぇねぇねぇほらほらほら! あっは! 見てよあれ! サル山って言うんだよね!? か・わ・い・い~~~~っ!!! 餌投げられるらしいよ!? あ、あの子おねだりしてるように見えない!? え、餌はどこで・・・あそこかぁ! たくさん買って一箇所にぶちまけたら面白そ・・・・・・あ、お一人様1箱だって。でもいいや! 叶くんも買うよねそうだよね!? おじさん2人分!! わーありがとっ! はいこれ叶くんの分ね! 早く行こうすぐ行こう! あはははは!」
 底なし天井なしのテンションとはまさにこのこと。帰りの電車の中で爆睡すること必須なフルスロットルで爆走を続ける司は僕を北へ南へ東へ西へ、縦横無尽に連れまわしては終始一貫したテンションのまま動物園を隅から隅まで堪能し尽くしました。
 気が付くとすでに日は暮れ始め、空はオレンジと藍色のグラデーションに覆われていました。
「ふ~~~~~~。疲れたね、叶くん」
「・・・ホントにね・・・」
「・・・・・・。あの、ごめん、ね。どうしても自分を抑えきれなくって・・・自分ばっかり楽しんで、叶くんを引きずり回すだけ引きずり回して、気遣ったりとかそんな余裕がなくって・・・ごめんなさい」
「・・・えいっ!」
「いてっ」
 しょんぼり沈み込んでしまった司に、僕は不意打ちでデコピンを食らわせました。
「!? ッ!?」
「ばかだな。そんなの気にしないで良いんだよ。あんなに全力で楽しそうなのが隣にいたら、嫌でも楽しくなるっての」
「・・・叶くん」
「はは。っていうか、最初っからいきなり口調が素に戻ってたね。えろいシチュエーション限定じゃなかったですっけ?」
「え、あ、それは・・・」
「動物園をえっちな気分で満喫するなんて、いやはや司ちゃんはえろえろですな~。いきなり男を拘束して押し倒して跨るだけのことはありますな~」
「ぶっ!!? ちょ、だ、誰がえろえろだ、誰がー!!」
「あっはは! そうそう、そういう顔してムチ持ってるのが似合ってるよね~!」
「こ、この~! 乗馬ムチがあればしばき倒してるぞ貴様ぁー!」
「はいはい、こわいこわい」
「むきー!」
 なんとなくご主人様の扱い方を掴んできた僕なのでした。なんというか、動物園に足を踏み入れてから司は全力で僕にぶつかってきてくれているような気がします。今までどこか一線を引かれて接されてきたような違和感が、ここに来たら簡単に飛び越えてしまったような、そんな感覚です。このままの調子を家に持って帰れたらいいのにな、などと考えた瞬間、まるで狙い澄ましたかのようなタイミングで、司の携帯に着信がありました。
 途端に、さきほどまで心の扉全開だった司の表情は険しいものとなり、また扉の向こうに隠れてしまいました。
 僕に背を向けて、忌々しげに携帯を耳に当てる司。
「もしもし、私だ・・・・・・うるさいな、いちいち大きな声を出すなよ・・・・・・あぁ、そういえばそうだったな・・・・・・はぁ?貴様誰に口を聞いているのかわかっているのか!?・・・・・・今日中に行けばいいのだろう。くそ、最悪なタイミングで電話しおって・・・・・・うるさい!貴様ごときが余計なことを知る必要はない!!・・・・・・21時までにはそっちに着くようにする・・・・・・いらん。自分で行く・・・ああ・・・じゃあな」
 ふん、と鼻を鳴らして携帯の通話を終えた司は、携帯を握りつぶしそうなほどの憤りを示していました。
「せっかく、叶くんのおかげで人生最高の気分だったのに・・・」
「誰からだったんだ?」
 もうすっかり司の顔つきは、動物園に来る前のものに戻ってしまっていました。
「仕事の電話だ。もし叶くんが働かずにぷらぷらしてるような人生を選んでも養えるように貯金するためのバイトだったのだが、辞め時が分からん。もう2人が一生遊んで暮らせるくらいは稼いでいるのだが・・・」
「・・・」
 この少女、改めて、何者なんでしょうか。
 しかしバイトとやらがどんなものかは察しがつきます。そんなとんでもない報酬を得るためには、彼女のその能力が大いに必要となるはずです。そしてそんな世界で生きていくための仮面が、少女のいつものご主人様的な、高圧的な口調と態度なのではないでしょうか。
 ・・・そうして然るべき場所であの能力を振るってきたのでしょう。一瞬で僕の全身を蝕んでいた重度の癌を全てキレイさっぱり取り除いたあの能力を。
「ん?・・・ってことは」
「待て」
「そのためには司が相手とキスを・・・」
「待てと言うに。・・・言っておくが、別に私のチカラはキスで発動するものではないぞ?ただ直接肌に触れればそれだけで十分なのだっ!」
「え・・・? じゃあ一番初めの、屋上でのあれは・・・」
「うぅ。だから、言っただろう。私は叶くんだから助けたと。・・・だからつい、先手必勝のつもりで・・・やっちゃったのだ」
 顔を真っ赤に染めて俯く司は、白いワンピースの裾をもじもじと弄り始めました。
「へ~・・・じゃあ今までのキスは全部、義務じゃなくて司の意思なんだ」
「その・・・まぁ、そうなる、か」
「・・・えろえろ」
「えろえろちがう! っていうか叶くんからやってきたことだってあるではないかっ!」
「えろえろコンビだね」
「だ~か~ら~・・・!!」
「ん?」
 突然響く電子音。反射的にハッとなる司でしたが、今度は司の携帯ではありませんでした。
「あ、僕のだ。・・・あれ、母さんから?」
 メールではなく電話なんて珍しいこともあるものです。なにか急用なのでしょうか。
 僕が通話ボタンを押した瞬間、目にも留まらぬ速度で僕から携帯を奪い取った司がそれを耳に当て、空いた手で僕の口を軽く覆いました。
 一体何を・・・?
「もしもし・・・ええ、そうです、おかあさん・・・・・・叶くんは隣にいますよ・・・・・・はい?・・・私は叶くんと真剣にお付き合いをさせて頂いてるつもりですが?・・・・・・・・・それは視野の狭い考え方というものです・・・・・・・・・そんなわけないじゃないですか。私は心の底から叶くんを愛しているんですから・・・・・・いいえ、それはもう終わったことです。私は常に前に進み続けます。今日も叶くんはお借りしますね。・・・・・・水色のアパートの2階、とだけ言っておきましょうか。それでは、さようなら」
 携帯の電源ボタンを押した司は、呆然とする僕の手に携帯を返して、悲しそうに微笑みました。
「・・・聞きたいことはたくさんあることだろうけど、きっと今日中に全てわかることだろうから、今は聞かないで・・・」
 一目で無理をしているとわかる微笑みに、これ以上僕は踏み込むことは出来ませんでした。どうせ追求してもはぐらかされるに決まっています。だから今僕にできる唯一のことは、少女に一言、確認を取ることくらいでした。
「・・・・・・信じて、いいんだよね?」
「・・・おねがい」
 動物園を出て電車に乗るまで、それっきり僕と司の間に会話はありませんでした。大方の予想通り、はしゃぎ疲れた司は電車内で僕の肩に頭を預け、すやすやと寝息を立てていました。その無邪気で無防備な寝顔をそっと撫でてやると、小さく僕の名前を呟いて、幸せそうに表情を綻ばせていました。どんな夢を見ていることやら。
 僕は軽く司の頭に頬をのっけて、静かに目を閉じました。感じるのは、電車の音の隙間にわずかに聞こえる少女の寝息と、サラサラのボブカットから立ち上るシャンプーの香り。僕も司に付き合って動物園中を駆けずり回ったため疲れていたのか、そのまま目的の終点駅まで絡め取るような睡魔に攫われてしまいました。



 司の家・・・水色のアパートの2階の一室に着いたものの、帰ってすぐに司はどこかへ行ってしまいました。きっとあの仕事の電話に関係することなのでしょう。
 帰り道に軽く食事は済ませているので、特にやることもない僕は横になることにしました。ただしベッドはすごい乱れようなので、座布団とクッションでの即席布団で、ですが。
 僕の頭の中では、様々なことがぐるぐると渦巻いていました。母さんからの電話、司の様子と謎の言葉。司は最初の接触で、僕のことをピンポイントで狙って接触してきたと言っていました。それは一体どういうことなのでしょう。もしかして、僕は司ともっと以前に面識があったのでしょうか。僕が覚えていないだけで。それは十分に可能性が高いと思われます。なぜなら、僕は中学校に上がる以前の記憶を持っていないのですから。母子家庭の1人っ子であるため1人で留守番をすることが多かった僕は、ある日ふざけてタンスをよじのぼり、そしてバランスを崩して落下。その際に強く頭をぶつけたのだそうです。記憶を失う前の僕はやけにやんちゃだったようで、今では考えられないような、馬鹿なことをしてしまったものです。なので僕が小学生の頃に司と知り合っていた・・・? いえ、それなら司は一言、昔知り合いだったんですとでも言えばいいだけの話です。それをわざわざ自分のことを語らずにいるのは不自然では? しかも3歳か4歳くらい年下の彼女とそこまでの接点がはたしてあるものでしょうか? そんな、事故で得た能力を使って多額の資産を得るほどにまで僕に執心するほどの接点が。といいますか、彼女と出会ったのは彼女の交通事故以前なのでしょうか。それとも以後なのでしょうか。どうして僕に愛を示してくれる彼女は僕が記憶をなくしてからの5年間、一度も僕に接触してこなかったのでしょうか。そこに母さんが関わっているのでしょうか・・・。
「・・・そうだ」
 考えていても不毛です。それなら、この部屋に何か情報はないでしょうか。探せば、僕とのつながりや彼女の過去を知る手がかりくらい見つかるかもしれません。なんだか恋人の過去を漁るのは気が咎めますが、どうにか自分を納得させて起き上がりました。
 まずはクローゼット、それから押入れ、タンス、勉強机、小物入れとどんどん引き出しを開けていきました。そしてわかったことは。
「なんだ・・・これ。子供用の服、キャラモノの鉛筆に消しゴム、ノート、オモチャ・・・。なんでこんなものをいつまでも持ってるんだ? 3年4組、四十九 司って・・・こっちも3年4組? これも、これも、これも・・・。ノートは・・・あれ? 全部白紙? 鉛筆は途中まで削ってあるのに・・・いや、削ってあるだけだ。全部長さはバラバラなのに、全部キレイに尖ってる。消しゴムも、角は丸くなってるのに黒ずんだりしてない。文字を消したんじゃなくって、何もないところを擦ってこの形に整えたんだ。・・・でも何のために・・・?」
 服もかなり小さくて、今の司が着れそうなサイズではありません。それなのにたくさんの種類の服の上下、下着に靴下まで揃えてあります。それなのに、やけに新品のようなキレイさで使われた形跡が全くありませんでした。
「この部屋にある服で司が着れるのは、無駄にたくさんある白のワンピースだけ・・・? 子供用の服の中にもたくさん白いワンピースがあるけど・・・これはどういう・・・」
 捜索を続けると、昨日の首輪の他にもたくさんの拘束用道具が発見されました。司はそういう趣味があるのでしょうか。
 そして押入れの奥、大量のオモチャが入れられたカゴの奥に、なにやら異質なものを発見したのです。
 フォトアルバム。
 この中に写真が収められているのだとすれば、きっとそれは司のこれまでの人生の一端を垣間見ることが出来ることでしょう。しかしこれはあくまで僕の興味であり、司の意思がそこに働いていません。もし写真を僕に見られることを、司が望まないようなことがあった場合、彼女を傷つける結果となるでしょう。それでも見るか、それともオモチャ箱の奥に再びしまい直すか・・・。
 ・・・いえ。彼女の時々見せる悲しそうな微笑の意味を、僕は知らなければなりません。世の中には知らないほうがいいことも確かにあるでしょう。そしてもしかすると今僕が知ろうとしていることは、知らないほうがいいことなのかもしれません。しかし。それでも。それ以上に、知るべきことであると確信しています。知って後悔するのなら、後悔するべきだと僕は思います。後悔して、乗り越えればいい。僕はとっくに彼女を愛しているのですから。
 アルバムを手に取り、ちゃぶ台の上に置きました。
「・・・・・・。よし」
 震える手で、勢いよく最初の1ページ目を開き・・・・・・!

「・・・・・・は?」

 僕は無意識で間抜けな声を漏らして、思考停止に陥るのです。
 写真が1枚もなかったなんてつまらないオチではありません。最初の1ページ目には真ん中に大きく1枚の写真が貼られていたのです。
 幸せそうにカメラに笑顔を向ける4人の男女。
 しかしこれは・・・・・・
「僕と・・・母さん・・・!?」
 そして母さんに親しげに腕を回す見知らぬ成人男性。その母さんとその男に挟まれて元気にピースをカメラに向けているのは僕でした。その隣には・・・
 その、僕の隣には・・・・・・

「見ちゃったんだ」

「ッ!!?」
 ハッとして振り返ると、音もなく玄関から入ってきた司が僕の後ろに立っていました。
「つ、司・・・これは・・・」
「いいんだよ。いつか見つかると思ってたしね。それより、どう? 写真を見ての感想は?」
 僕の隣に写っていたのは、白いワンピースにボブカット。気の強そうな目を泳がせている少女でした。・・・まさしく今の司をそのまま縮小したような・・・
「そうだ。叶くん、父親の顔を見たことがないとか言ってたよね? よかったね。その男の人が、叶くんの父親だよ?」
「・・・!?」
 確かに、母さんに親しげに腕を回す様は夫婦のようではあります。母さんも今よりずっと若い。しかし・・・
「母さんと父さんは、僕が物心つく前に離婚したはず・・・この写真の僕は、もう小学校高学年くらいじゃないか・・・!」
「へぇ~~。そぉ~~なんだぁ~~」
「・・・しかも、どうして司が・・・!? 以前から交流があったってことなのか? まさか事故で他の家族3人を亡くしたから、僕の家で引き取ったとか・・・?」
「いやいや、この写真を撮った後、私は家族3人を失った・・・。それと私は一度も、家族3人を亡くしたなんて言ってないよ」
「え? だって、前に・・・」
「亡くしたんじゃない。家族3人を、『失った』んだよ。おとうさんを助けられなかったって話は、確かにしたけどね」
「一体、どういう・・・・・・待て。家族3人?」
「もう、鈍いんだから叶くんは~。そういうところも愛しいけどね。じゃあ大ヒントをあげちゃおう!」
 僕に後ろから抱きつくようにくっついて、写真に写った僕の父親だという男性を指差し、司は囁きました。
「彼の名前は、四十九 健吾。四十九と書いて、しずくと読む。珍しい苗字だよね? 私は一度も同じ苗字の人と会ったことはないよ」
「・・・・・・そんな・・・・・・まさか・・・」
 その時、アパートの外からなにやら騒がしい声が聞こえてきました。なにやら聞き覚えのある声だと考える前に、司が僕の手を取って立ち上がらせました。
「役者は揃った。・・・約束どおり、全部教えてあげるよ・・・真実ってヤツをさ」
 この時の司の表情は、これまでのどんな表情よりも凄惨なものでした。



 部屋から僕と司が出ると、アパートの階段の下からよく聞き覚えのある声が響きました。
「叶!!」
「・・・母さん!」
 僕が無意識に一歩、階段に向かおうとしたのを司が片手で制しました。それを見て、こちらに駆け寄ろうとした母さんの動きもピタリと停止します。
 母さんの後ろには悟くんと百ちゃんもおり、3人ともかなり息を切らしているようでした。そして今更になって、僕は司が電話の中で「水色のアパートの2階」という言葉を発したのを思い出すのです。僕の家から徒歩圏内にある水色のアパートといえば、そこまで候補があるわけではないでしょう。まさか3人で町中駆けずり回って探していたのでしょうか。
「やぁやぁやぁ、皆さんお揃いでなによりです。って言っても、後ろのベイビーちゃん2人は余計なんですけどね~」
「あなた・・・本当の本当に、司なのね・・・!?」
「おや、ひどいですね。わざわざ服装も髪型も『あの日』と同じにしたっていうのに、たった5年ほど会わないだけで、自分の娘の顔をわからなくなってしまうのですか?・・・・・・お・か・あ・さん?」
 司のその言葉に、母さんの背後に控える悟くんと百ちゃんは目を剥きます。僕はと言えば、やっぱりそうなのか、と妙に冷静にその言葉を受け止めました。
 司は12段分の高さから母さんを見下ろして、にやにやと口元を歪めています。逆に、母さんは様々な感情が入り混じったような表情でした。敢えて言えば、困惑の色が濃いように見えましたが。
「生きて・・・いたのね」
「おかげさまで・・・・・・なぁんちゃって! 逆ですよね~。私はあなたに殺されたんですから」
「・・・!? 何を言ってるの!? あれは事故だったじゃない!!」
「ええ。そうですとも。あれは事故だった。正真正銘事故だった。・・・おっと、叶くんは覚えてないんでした。じゃあ叶くんと、叶くんが愛するそこの2人が置いてけぼりでは可哀想ですので、説明して差し上げるとしましょうかね? おかあさんも復習がてらに聞いといてくださいよ」
 司は鉄柵に寄りかかり、こちらを見上げる3人を嘗め回すように見ながら、実に楽しそうに説明を始めました。
「叶くんの小学校卒業記念ということで私たち親子4人は、車で動物園に向かいました。初めての動物園に胸を高鳴らせていた私たち兄妹の興奮は最高潮! 今か今かと感動のその時を待っていたのです。・・・が。私たちに待っていたのは・・・・・・地獄のような惨劇だった・・・!」
 語り始めの余裕の表情から一転。司は眉間に皺を寄せ、声色も腹の底からわきあがる激情を押さえるようなものへと変わりました。
「車通りの少ない道だったことから、私たちの車は結構な速度が出ていました。同じく対向車線の車も、かなりの速度で走っています。そして、そんな中の一台だった大型トラックの運転手が居眠り運転をして、いきなり私たちの進路に真正面から突っ込んできました 咄嗟のことに反応しきれなかったものの、おとうさんはハンドルを慌ててきって、完全な正面衝突だけはギリギリ避けて、車の運転手側だけが激突するように回避したんですよ。いや~勇敢ですよね~、自分はぺっしゃんこになって真っ赤に咲いて、家族を守ろうとしたんですから。ま、その時車が勢いよくスピンしたせいで私は車から投げ出されて、ガードレールの下をくぐって崖下に落っこちたんですけどね。そして叶くんは激突の衝撃で頭部をかなり強打して記憶がすっ飛んでっちゃったっつーわけです」
 そして、そこまで話したところで司はギロリと母さんを睨みつけました。
「で。そこまでは事故ですよ。それに私は死んでいない。だからここまではいいんです。・・・けどね、おかあさん。あなた、叶くんの記憶がないのをいいことに、偽った過去を刷り込んだでしょう。物心つく前に離婚した? ずっとこの地域に住んでたぁ? これまで、ずっと、1人っ子だったぁ!? はぁ!? なに勝手に人のこと消してんの!? 死んだことにするならまだいい!  あの高さの崖から海に叩きつけられて、沈んで、生きているなんてそれこそ奇跡だからね! でも、最初からいなかったァ!? あんたに分かるか!? 崖から落ちて海に流されて、死ぬほどの苦痛を耐え死ぬ気で生き抜いて、捜索が打ち切られたことも知らずに誰かがきっと助けてくれるはずだと待ち続けて、地獄のような日々に耐えて、どうにかして自分の家に戻ってきたら・・・もぬけの殻だった絶望が! 葬式も終わってた! おとうさんのだけじゃない、あたしの葬式もだ!! それでも叶くんは、叶くんだけは心配してくれてるかもしれないから無事を伝えようと、そのために自分の力だけで必死こいて調べて調べて調べて、ようやく見つけたら記憶喪失ぅ? しかも好き勝手に改竄された過去を刷り込まれてるときたもんだ。あは・・・はははっ! なんだそれ! なんなんだよそれはぁぁぁああ!!!」
 悟くんと百ちゃんが思わず後ずさりするほどの剣幕に、僕も内心たじろいでいました。しかしそれを態度に出すなんてことは絶対にするわけにはいきません。憎悪に彩られながらも、悲しみを抑えきれずに涙を流す妹の横顔を見てしまっては、それを兄が拒絶するわけにはいきません。さすがにここまで説明されれば、記憶を封じていたメッキがボロボロと剥がれ落ちるように、僕は自分の記憶を取り戻しつつありました。同時に、当時の彼女の無邪気な笑顔も。
 こちらを沈痛な面持ちで見上げる母さんは、慎重に言葉を捜して口を開きました。
「だから、その復讐に叶を奪うっていうの・・・?」
「はぁ? 見当違いも甚だしい。っていうか奪うってなんですか? 叶くんはあんたの所有物なわけ? ・・・まぁいいや。私はね、家族に存在を消された経験から、叶くんを試すようなことをしたんですよ。心苦しかったですけどね・・・。叶くんは、私が家族だから大事にしてくれてたのか、私だから大事にしてくれてたのか・・・それをどうしても知りたくて、そして家族じゃない私を愛して欲しくて・・・ちょっとズルもしましたけど、最終的にはこうやって、私の隣にいてくれる。今や恋人同士です」
「・・・でも、兄妹よ」
「障害はなんですか? 法律? 人の目? 倫理観? 生殖? ・・・ハッ、どうとでもできますよ、そんなもの。私がどれほどのコネを持っているか、教えて差し上げましょうかぁ?・・・・・・つっても、叶くんのことは、もう諦めてますけどね」
「・・・どういうこと?」
「私の最終目標は、私が生き返ることなんですよ。あなたがあなたの意思であなたの思惑であなたの言葉で殺した、叶くんの中の私を生き返らせること。それだけ。そのために、じわじわとヒントを与えて叶くんの記憶を取り戻すための手順を踏んだ。私の過去を出し惜しみしながら話した。私の大好きだった白いワンピースばっかり着て会った。動物園に行った。アパートの部屋で当時の私の部屋を完全再現した。当時の家族写真も見せた。当時の真実を話した。これでも記憶を取り戻さなければ、その時は『知識』として、私という妹の存在を生き返らせるしかなかったけれど・・・叶くんの表情を見るに、すべて思い出したって感じですか?」
「まぁ・・・もうほとんどは」
 僕は正直に、司の言葉に頷きました。
「よかったよかった、めでたしめでたし。まぁ、第二目標の、他人である私を愛してもらうってのも果たせましたし~? もういいやって感じですかね。・・・・・・過去の私を生き返らせるのを諦めて、叶くんと駆け落ちっていう案も魅力的だったんですが、そんな高望みがふさわしくないくらい、もう私は汚れちゃってるんで・・・まぁそこは素直に諦めますよっと」
 にゃはは、と茶化すように笑う司。その笑顔は見るに耐えないほど痛々しいものでした。
「おかあさん。あなたがどういうつもりで私を殺したのかは、実際、わからないでもないんですよ? 中学に上がろうってタイミングで父親と妹を失ったって聞かされた子供がどうなるかなんて恐ろしくて考えたくなかったんでしょう?」
「・・・」
「おかげさまで、私の愛するおにいちゃんは、と~~っても優しい人になりましたよ。もっとバカでクズだったなら、私が貰っちゃおうって考えてたのに・・・ちぇっ、こんなにカッコいいなんてズルイっつーの」
 司は掴んでいた鉄柵に背中を預けて、充血した目を僕に向けました。
「と、ゆーわけなんでっ! 私は叶くんと恋愛ごっこがしたかったわけじゃなくって、ただ叶くんに私を愛させるゲームをしてただけなのです。全部嘘っぱちだし、全部計画通り。ま、そこそこ楽しかったよ。難易度低すぎな気もしたけど? あはは!」
「・・・司」
「あれ~? 傷ついちゃったぁ? もしかして私も叶くんのことを愛してるとか思っちゃってた? 馬っ鹿じゃないのぉ? 今までの愛の言葉なんて、言葉じゃなくてセリフなんだよ? 思ってたより自意識過剰なんだね、気持ち悪~い!」
「司」
「女を見る目ないんだから今度からは、そこの弟くんとか妹ちゃんとかに彼女紹介したほうがいいよぉ~? あ、でもでもぉ、昨日電車から降りてきたときに一緒にいた巨乳は・・・」
「司っ!!」
 司はニヤニヤとした表情を取り繕っていましたが、僕の怒鳴り声によって一瞬で泣きそうな顔になり、しかしぎりぎりのところで持ちこたえて無理矢理な微笑を貼り付けました。
「な、なに? 急に怒鳴っちゃって、ばかみたい。っていうか初めて私に・・・」
「司。僕の目を見て、「お前が嫌いだ」って言ってくれ。そうすれば、全部諦めて忘れるよ」
「へ、へぇ~意外と簡単な脳の構造してるんだね? まぁ、それくらいならお安い御用だよ。ぶっちゃけ、心の中で何度か思ったこともあるしね」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
「・・・・・・・・・ぃょ」
「何だって?」
「い、言えないよ!!」
 今まで取り繕っていた仮面が全て壊れて、最後の堤防も崩れて、司はぐちゃぐちゃになりながら僕に怒鳴りました。素の司が初めて僕に怒鳴った瞬間です。
「言えるわけ、ないじゃん! なんでそんな、いじわるするの!? 諦めるって言ってんじゃん! なにか問題でもありました!? 逆に叶くんが言ってよ「お前なんか大嫌いだ、消えろ」ってさ! そしたら今すぐ消えてあげるから! 病気の延期もやめたりなんかしない! 一生してあげるし、二度とキスなんてしないよ! 話しかけない! 近づかない! 目もあわせない! 連絡先も消すし、思い出も忘れる! だ、だから・・・だから・・・」
 崩れ落ちる司。ボロボロと涙を流して、壊れそうな心を懸命に繋ぎとめているような有様でした。
 僕はそんな吹けば散りそうなほど彼女に、そっと触れました。
「さ、さわんないでよっ・・・・・・言ったでしょ、私は、汚れてるって・・・」
「汚れてないよ」
「これ以上、優しくしないでよ・・・突き放してよ・・・」
「離さない」
 いつもより小さく感じる司の体を、そっと抱きしめます。すると小さく震えていた体がビクリと跳ねて、震えが収まりました。
「本当にお前は、昔から勝手に決めて勝手に突っ走るんだから・・・たまには兄ちゃんの言うことを聞いてくれよ」
「・・・?」
「いいか? まず、勝手に僕を諦めるな。僕を嫌いになって離れていくんなら構わない。でも、愛してくれてるんなら、僕のそばにいてくれ。僕は絶対お前を嫌いになったりしないし、遠ざけたりもしない。お前がそばにいて迷惑に感じることは絶対にない。家族として、妹としても愛してるし、お前を1人の女として愛してる」
 涙の溜まった瞳を大きく見開き、しばし呆然とする司。
 やがて、泣いてるのか笑ってるのか分からないような、しかし世界一美しい表情で、
「私も・・・愛してます」
 そして吸い込まれるように、ほんの一瞬、ほんのちょっとだけ、僕らはキスを交わしました。しかしだからといって軽いキスだとかそういう話ではないのです。なにせ、僕らにとっては永遠にも感じる一瞬だったのですから。


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テーマ : オリジナル小説 - ジャンル : 小説・文学

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