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プロローグ


「月の下の殺人鬼」【目次】に飛ぶ



 榊 月乃(さかき つきの)、16歳、高校一年生女子。
 現在、人生最低のチャンスにして人生最高のピンチに陥っている。

「ハァー、ハァー、殺ス・・・コロシテヤル・・・」

 月乃の目の前では、焦点の定まらない獣のような眼光を宿らせた小太りの男が包丁を構えてじりじりと間合いを詰めてきている。
 場所は神社の境内、時刻はすでに夜の11時を回っている。元々人通りの少ない通りであるため通行人は期待できず、叫ぼうものならそれを合図に、目の前の脂の乗った男が突貫してくることは間違いない。
 つまり絶体絶命。

「包丁・・・・・・包丁かぁ・・・・・・そっか、そうだよね・・・・・・」

 月乃は澄んだ声でそう呟くと、じりじりと後退する。が、すでに神社の年季の入った板壁に追い込まれていた少女には逃げ場などない。
 最近、この辺りで”殺人鬼”のウワサがまことしやかに囁かれている。夜中に出歩いていると、全身をバラバラに解体されてしまうのだとか。そして警察がどれだけ死力を尽くそうと、犯人は見つからないらしい。
 それが、目の前のこの豚のような男だというのか。

「コロス・・・コロシテヤル・・・・・・」

 まるで自己暗示でもかけているかのように、同じ言葉を繰り返す”殺人鬼”は、包丁を小脇に構えて体勢を低くする。

(・・・来る!!)

 月乃は思ったが、しかしだからといって何をできるというわけでもない。彼女は生まれつき極端に体が弱く、ドッジボールすら一度も参加したことがないのだ。大の男の突貫など、かわせるはずもない。
 だから彼女にできるのはせいぜい、余計な痛みを避けるために下手に動かず、余計な恐怖を避けるために目を瞑るくらいのことだった。

「・・・・・・・・・・・・。・・・?」

 しかし続いて来るはずの鈍い衝撃が、来ない。音が死に、状況を見失った少女は静かに片目を薄く開く。
 そこには、たった数秒目を瞑っていただけで、さきほどまでとはまったく違った光景が広がっていた。

 まず、”殺人鬼”が死んでいた。
 大量のナイフとガラスの破片を一緒に入れた洗濯機で1時間ほど回せば同じ惨状が作り出せるかもしれない。そんな死体と成り果てていた。
 そして、”殺人鬼”が立っていた。
 月乃と同じほどの背格好。美しい容姿。サラサラの髪が風になびき、寝巻きのような薄い服には返り血の一つも浴びていない。
 一言で表せば、美少年。

 月乃は言葉を失い、神社の壁に背中を預けたまま、ずるずると地面にへたり込んだ。
 すると無残な死体と視覚的に距離が縮まり、鉄臭い匂いが今更になって鼻に飛び込んできた。思わず夕食の親子丼が口内に躍り出て、酸っぱい匂いとともに地面を汚す。

「・・・うぅ、ぇぐっ、なにが・・・・・・」

 呻きながらも無意識に視線は死体を避け、すると必然的に殺人鬼が視界の中央に据えられる。美少年はしばらく死体をまじまじと観察している様子だったが、やがて「始めて気が付いた」とでもいうように驚きながら月乃へと視線をやった。
 少年はニィっと口角を吊り上げて意地悪い笑みを浮かべ、

「誰だか知らねーけど、命拾いしたな」

 そう言って、血だまりを軽く飛び越えて神社の出口へと向かっていく。
 しばらく呆然とその後姿を眺めていた月乃だったが、良く考えたら全然”助かってない”ことに気が付いた。
 それどころか、”邪魔された”と言っても過言ではない。
 このまま彼を逃すわけにはいかない。

「ま、待ちなさいよ!!」

 ガクガクと震える膝でどうにか立ち上がると、一歩、”殺人鬼”へと歩み寄る。
 彼のほうもこちらを振り返り、きょとんとした表情をこちらに向けている。

「んだよ、せっかく助かった命だ。オレに関わると死ぬぜ? っつーかなんでこんな時間にこんな場所に・・・・・・」
「殺人鬼に会うために、よ!」

 よろよろと足を踏み出し、ゆっくりと”殺人鬼”との距離を縮める月乃。
 一方”殺人鬼”は、得心いったとでも言うように「はん」と鼻で笑う。

「なるほどな。オレが殺した人間の中に、家族か友達がいたか? そいつぁ悪かったな。墓に花でも供えてやるよ」
「違うっ」

 短く答え、少女は少年の目の前に来ると、自分の胸に手を当てて、宣言する。


「あたしを殺してもらうために、探してたの」


 さすがにその答えには”殺人鬼”も黙る。黙って、やがて鼻で笑う。

「オレは”そういうの”はお断りだ。死にたきゃ勝手に死ねよ、幸せ者」

 突き放すように、つまらなそうにそう言うと、少年は踵を返して神社の出口へと向かってしまう。
 その態度と”幸せ者”という言葉が月乃の癇に触れた。激昂した彼女が精一杯の体力を振り絞って彼の背中に触れようとした、その時。
 小さく舌打ちを聞き取った少女は、直後に神社の地面に転がされていた。
 左頬が熱い。蹴られた。痛い。全身もジンジン痛むし、手のひらを擦りむいた。頭もくらくらする。そんな少女の上から冷たい声が浴びせかけられる。

「ホント、バカは手に負えねーわ。なんで死にてーんだ? 受験に失敗したか? 友達にイジメられたか? 彼氏にフられたか? 自分の才能のなさに絶望したか?・・・”そんな程度”で死にたくなるなんて”幸せ者”だよなァ、まったくよォ!」

 ギリッ、という音がした。無意識に、月乃が歯を噛み締めた音だ。
 そして彼女は、人生で初めて怒鳴った。

「なにも、なにも知らないくせに、知ったようなこと言うなぁ!! あたしが、ど、どんな風に生きてきたかも知らないでッ、人殺しが上から目線でものを言うな!! う、ウザいんだよッ!!」
「じゃあ言ってみろよどういう環境でどういう風に生きてきたのかよォ! オレを納得させられたらこの場で三枚に下ろして国会議事堂に郵送してやっからよォ! ほら、どんな悲劇のヒロインごっこをしてきたんだよ! エェ!?」
「・・・・・・ッ!!」
「くだらねーわ。ホンットにくっだらねー。どうせ大したことなかったんだろ。ただお前が弱かったから、大したことねー悲劇でピィピィさえずってんだ」

 かろうじて少女が見上げた少年の目は、冷たい色に満ちていた。それでいて、どこか悲しげな・・・・・・

「お前、もうとっくに”死んでる”よ。オレは”殺人鬼”とか言われてるが、殺さない条件が2つだけある。その1つが、『もう死んでる奴は殺さない』だ。ま、死ぬ気があるんなら、死ぬ気で生きてみろよ、死人。あばよ」

 今度こそ”殺人鬼”は神社を後にした。
 月乃は為す術なく地面に転がっていることしか出来なかった。

 しばらくしてようやく虚弱な体を引きずって神社を出た少女は、日付が変わる直前ほどに家にたどり着いた。

 玄関の鍵は、閉められていた。



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