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第二話


「月の下の殺人鬼」【目次】に飛ぶ



「お姉ちゃん、何かいいことでもあった?」
「えっ!? ううん、べつに」
「・・・・・・ふぅん、そう」

 朝、出かける間際に日和がそんなことを言い出したため、月乃はひどく動揺した。
 図星を突かれたせいではなく、そんなにあからさまに機嫌がいいことに自分で気がついていなかったせいである。

 いつもいつも胸の中心で凝り固まっていた重苦しいものが、今日に限ってすっぽりと抜け落ちている。
 体がふわふわと浮いているような、妙な心地だった。
 実際そんなことはないだろうが、今なら学校までずっと走り続けられるような気さえした。


● ● ●


 教室に入ったとき、振り返った女子に思い切って挨拶をしてみた。
 顔が赤くなっていたかもしれない。心臓が壊れそうなほど高鳴っていた。
 しかし、向こうも少し驚いた顔をしていたものの、すぐに笑顔で挨拶を返してくれた。

 席に着くと、美沙が近づいてきた。

「おはよう、月乃ちゃん」
「おはよう、小林さん」
「なんか今日は、雰囲気違うね」
「そ、そうかな」

 美沙までそんなことを言い出した。
 月乃は、自分がニヤけているのではないかと心配になって顔を軽くもんでみた。

「昨日の夜も、人が殺されたらしいよ。おばあちゃんだって」
「そう、なんだ・・・・・・」
「こうなると”殺人鬼”のウワサはマジなのかもね」
「そ、そうかな。偶然かも?」
「なんにせよ、人殺しは許せないね。捕まえたら死刑だよ」
「・・・・・・そうだよね」

 死刑。確かに、あの少年に同情すべき理由はない。
 性欲のように殺人衝動を発散していると言われても、常人は首を捻るだけだろう。
 だから、たくさん殺してきた彼・・・柚子葉は、捕まれば、未成年でも大変なことになるかもしれない。

 殺された人にも家族がいる。
 月乃にとっての日和のように、かけがえのない人が。
 きっと悲しみに暮れているだろう。
 犯人が裁かれることを望んでいるだろう。

「どうかした? なんで泣きそうなの?」
「え・・・・・・ううん、大丈夫。なんでもない」
「もしかして月乃ちゃんが、殺人鬼とか? あはは」
「そんなこと、ないよっ」
「だよねぇ。月乃ちゃんは、親の仇でも殺せなそう。血なんて見たら失神しちゃうんじゃない?」
「あはは・・・うん、かもね」

 小太りの通り魔の死に様を見ても、嘔吐ひとつで済んでしまったことを思い出す。
 そして殺人鬼と夜な夜な駄弁っている。
 自分のせいで、誰か別の人が死ぬことを良しとして、のうのうと生きている。

 美沙に見せている”仮面”の月乃は、血を見て失神するようなおとなしい人格なのか。
 それがどれほど本質とかけ離れているのかも知らずに。
 むしろ気づいた上で放置しているのか? そんなのお見通しなのか?

 答えは出ないままに、チャイムが響いた。


● ● ●


 昼休みに美沙と机をくっつけて手作りのお弁当を食べていると、他のクラスの女子が月乃のクラスに4人ほど流れ込んできた。
 一体なにごとかと思ったが、なぜか女子の群れは月乃へ一直線に向かってくる。

「ねぇ、榊さん! あなた、酒井くんの告白を突っぱねたって本当なの!?」
「え、え? え!?」
「どうなの!?」
「・・・・・・あの、酒井くんって誰?」

 教室の空気が、なんとも言えない温度になった。
 美沙が耳打ちで、サッカー部エースの人の名前だと教えてくれた。

 ああ、あの罰ゲームの人、酒井って名前だったんだ。佐々木でも斉藤でもなかったか。

「え、でも、告白なんてされてない・・・・・・」
「嘘よ! 男子の間で話題になってるわよ!?」
「ほ、本当です! 昨日、ちょっと遊びに行くから一緒に来るかって聞かれて、用事があったから遠慮しただけで・・・・・・告白なんて」

 女子たちは顔を見合わせ、なにやら囁き合い、

「騙したな男子ー!!」

 叫びながら教室を後にした。残された月乃は呆然と、ただ教室の出入り口を見ていることしか出来なかった。

「いやー、それにしても、なかなかあのイケメンくんの誘いを断れる女子はいないよ?」
「そうなの・・・?」
「ま、女関係でいいウワサ聞かないし、正解かもしれないけどね」
「・・・・・・」

 しかし、あの時の真摯そうな表情は、良い人そうではあったように思えた。
 それにもしも自分があんな有名人と付き合えたら、なにか変われるような気がしないでもない。

 いや、告白されたわけではないのだが。


● ● ●


 しかし状況はまさかの展開を迎える。

 放課後の教室で、昨日とまったく同じようなシチュエーション。
 教室からは人があらかたいなくなり、月乃は帰ろうと立ち上がり、そして酒井とかいう少年に呼び止められた。
 ただし今回は、取り巻きの男どもの姿はない。

「昨日は急にごめん。あと、なんか変なウワサが広がってるみたいで」
「いえ、大丈夫です」
「でも、正直言うと、昨日のはほとんど告白だったんだ」
「え?」

 真面目なトーンで、酒井は月乃との距離を詰める。

「あれで誘った後、ちょっと良い雰囲気になってから告ろうと思ってたんだ。そしたら最初でつまづいちまったってわけ」
「え、あの」
「だから回りくどいことなんてせずに、今度はここで言うよ」

 月乃とまっすぐに目を合わせて、

「榊さん、俺と付き合ってください!」

「え、ええっ・・・・・・あの、ほんとに?」
「ホントに」
「昨日のは罰ゲームだと思ってたんですけど・・・」
「ぶはっ、え、なにそれ。小学生じゃないんだから」
「・・・・・・これも、ほんとの、その、告白ですか・・・・・・?」
「ホントもホント、マジ告白だよ。どうかな?」

 月乃の頭をよぎる、数々のこと。
 彼はサッカー部エースで、みんなの憧れ。
 彼と付き合えば、灰色の自分もなにかが変われるかもしれない。

 しかし、中学校時代にこっぴどい男に体目当てで騙されて怖い思いをした記憶も甦る。
 もう恋愛なんてしないと考えていた。

 そして、なぜか一瞬よぎった、殺人鬼の少年の顔。

 あの少年と楽しくいしゃべりをしただけで、今日は妹にも友達にもご機嫌だと言われた。

 なら、目の前の彼と付き合ったら、一体自分はどうなるんだろうか。

 自分は、変われるんじゃ・・・・・・


● ● ●


「おー、確かに変わったと思うぜ。なんつーか、珍しく表情が”生きてる”よ、アンタ」
「そ、そうかなっ・・・!?」
「ああ、思わず殺したくなるくらいには生き返ってる。・・・じゃあ、その男・・・・・・”彼氏”には本音で喋ってるのか?」
「ううん、告白されたのは”仮面”の方だから」
「・・・・・・本質は死んでるよな、アンタ」
「なにをー!?」

 その日の夜9時。
 昨日待ち合わせをした、例の神社・・・拝殿の賽銭箱の前の階段に腰を下ろして、少年と少女が生き生きと会話をしている。
 

「だが愛が人を変えるってのはあると思うぜ。オレもそうだった」
「え、彼女いるの・・・?」
「バーカ、愛は恋愛だけじゃねーだろ。多分、家族愛だな、オレの場合」
「一緒に住んでるっていう2人?」
「まぁな」

 ならその2人は、父親と母親なんだろうか、とありきたりなことを考える月乃。

「っつーか、ならオレと会う必要なんて、もうねーんじゃねーの?」
「・・・・・・やっぱり、迷惑?」
「やっぱりってなんだよ。勝手にオレの気持ちを知った気になってんじゃねーよ、半死人が」
「?」
「むしろ、外出してる理由が出来るから都合がいいくらいだ。けど、アンタが・・・・・・」

 いちいち言わせるな、という言外の非難。
 つまり、少年なりに月乃のことを心配して言っているのだ。
 こんな夜遅くに出歩くことのリスク、そして彼氏ができたのなら誤解させるようなことはするなという忠告。

「・・・・・・ありがと」
「だからオレの気持ちを知った気になんな、ボケ」
「でも、あたしはあなたと会ってから、変わり始めてる気がする。あなたに会ってなかったら、変わろうって意思もなくって、酒井くんの告白もきっと断ってた」
「・・・」
「だから、都合がいいんなら、迷惑じゃないんなら、これからも会おうよ」
「・・・・・・オレは、夜9時の散歩中、偶然通りかかった神社で、偶然見かけた知り合いと話し込んでるだけだぜ」
「それでもいいよ。ありがと」
「チッ、やりずれーわ。殺せ殺せってぴーぴー喚いてたのが本性だと思ったら、こっちが根っこかよ」

 その後もしばらく、とりとめのない話は続いた。
 ときどき笑いあって、ときどき怒鳴りあって、ときどき気まずくなる。
 そして2人で月乃の家の前まで歩いて、別れる。

 それだけのことが、彼女の心の”凝り”をほぐしていったのだった。


● ● ●


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